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青森地方裁判所 昭和52年(む)91号 決定

主文

原決定を取消す。

本件勾留請求を却下する。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨および理由は、別紙準抗告申立書記載のとおりである。

二、司法警察員作成の通常逮捕手続書によれば、被疑者は公職選挙法違反の被疑事実により、昭和五二年八月一一日午後九時五〇分むつ警察署において逮捕され、同日午後九時五五分同署司法警察員に引致され、同月一二日午後二時一〇分青森地方検察庁検察官に送致手続がとられた旨の各記載が認められる。

三、ところで一件記録及び本件申立書添付の諸資料並びに当裁判所における成田吾一・被疑者の各陳述によると、次の事実が認められる。

1、被疑者は、当四七歳の主婦であるが、同月一一日午前一〇時三〇分頃、下北郡東通村大字小田野沢字畑浦の自宅で、警察官二名から「奥さん尋ねたいことがあるからむつ署まで行ってくれませんか」と同行を求められ、これを拒否することなく、警察用自動車(ライトバン)の後部座席に同乗し、約四〇分後むつ警察署に到着した。

2、被疑者の取調べは同警察署司法警察員巡査部長成田吾一がひとりで担当して、同日午前一一時二〇分頃から少年補導室において開始され、昼食時に一時間位の休憩(もっとも被疑者は昼食をとらなかった。)をはさんで、午後五時頃まで継続された。そして、被疑者は警察で用意された夕食を済ませたのち、再び取調べが始まり同日午後九時五〇分頃まで継続して取調べられた。その間警察官の取調方法に暴行脅迫等の強制の要素があったとは認められないが、しかし被疑者は用便のときのほかは一度も取調室から外に出たことはなく、そして取調室にあっては取調警察官がいちじ席をはずす際も、その都度他の警察官が入室して被疑者を看視し、被疑者が便所に行くときも木村某婦人補導員がついて来て、その看視を意識して用を足すなど終始警察官の看視下にあって通常逮捕による取調べと変らない方法がとられた。

3、これより先、被疑者の取調べにより被疑事実に対する供述があいまいであったため、同日午後五時四〇分頃、十和田簡易裁判所裁判官に逮捕状の請求が為され、同日午後七時五〇分頃発付を受けて同日午後九時五〇分令状は執行された。

四、以上によると、当初被疑者が自宅からむつ警察署に同行されるさい、何らかの被疑者に対する強制が加えられたと認められる資料はない。しかし、同行後の警察署における被疑者の取調べは昼食時と夕食時の各一時間の休憩を除いても、同日午前一一時四〇分から同日午後九時五〇分まで長時間に亘り行われた。しかも夕食後からの取調べは夜間にはいり、被疑者が四七才の主婦であることから、通常遅くとも夕食時には帰宅したい意向を持つと推察されるにも拘らず、被疑者にその意思を確認したり、あるいは、自由に退室する機会を与えたと認めるに足りる資料もなく、そのまま取調べを夜間遅くまで継続したもので、たとえ右取調べに対し被疑者から帰宅ないし退室について明示もしくは黙示の申出がなされなかったとしても、かような長時間の深夜にまで及んだ取調べは、他に特段の事情の認められない本件においては、任意同行による取調べとして社会通念上容認される時間的な限界を超えるものであり、しかもその間終始被疑者を警察官の看視下におき、その身柄を解放することなく、そのまま逮捕状の執行に移ったもので、仮にその看視が被疑者の自傷事故防止の見地からなされたとしても、被疑者の年令、性別、家庭環境等も考慮すれば実質的にはこれにより被疑者は心理的圧迫を加えられ、その身体の自由は拘束され警察官の取調べを拒絶できないような勢力圏内におかれたものというべきである。

そうすると、本件任意同行は実質的には逮捕状によらない違法な逮捕行為といわざるを得ない。

五、検察官は任意同行の時点を逮捕の始期とみても検察官に対する送致手続が四八時間以内に行われ、勾留請求があればよいと主張するが、右は憲法の定める令状主義にもとり、逮捕前置主義を厳格に適用して勾留の段階で右の手続の適否について事後の司法審査に服せしめるという点から、逮捕状に基づかない違法な逮捕は本件のように長時間しかも夜間に及ぶ取調べはそれ自体重大な瑕疵であって、四八時間以内の制限時間に従った送致手続の有無によって何ら影響を受けるものではない。

六、以上により本件逮捕は違法であり、その瑕疵も重大であるから、これに基づく勾留請求も却下を免れず、弁護人の本件準抗告の申立は理由があるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項を適用して勾留の裁判を取消しかつ、被疑者に対する勾留請求を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田辺康次 裁判官 田中宏 吉武克洋)

〈以下省略〉

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